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仙台高等裁判所 昭和30年(ネ)309号 判決

原告 堀克夫

被告 小野禎一

主文

被告の本件控訴を棄却する。

原判決中、原告敗訴の部分を次のとおり変更する。

被告は原告に対し昭和二八年六月一七日から同年同月三〇日まで月金二、七五一円の割合による金員及び同年七月一日から建物明渡済まで月金一、二〇〇円ずつの金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、これを三分し、その一を原告、その他を被告の負担とする。

この判決は、原告が金三〇〇、〇〇〇円の担保を供すれば、原告勝訴の部分(原審で勝訴の部分をふくむ。)に限り、仮に執行することができる。

事実

被告は、「原判決中被告敗訴の部分を取消す。原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも原告の負担とする。」との決判及び「原告の控訴を棄却する。」との判決を求め、原告は、「被告の右控訴を棄却する。」との判決及び「原判決中原告敗訴の部分を取消す。被告は原告に対し別紙物件目録記載建物のうち付属建物三坪七合五勺を原状に回復して引渡せ。被告は原告に対し(イ)昭和二八年六月一七日から同年同月三〇日まで一月金二九四七円の割合による金員、(ロ)昭和二八年七月一日から昭和三一年六月三〇日まで一月金一、三九六円の割合による金員、(ハ)昭和三一年七月一日から別紙物件目録記載の建物明渡済まで月金七、〇〇〇円の割合による金員、(ニ)右(イ)、(ロ)、(ハ)の各金員に対し年五分の割合による金員、(ホ)昭和二八年六月一七日から前記建物明渡済まで一月金五、五〇〇円の割合による金員、(ヘ)金五〇〇、〇〇〇円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次の諸点を付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。

原告は、

(1)  本件付属建物のうち、二坪二合五勺は、荒井惣之進が、堀達夫、被告と話合の上、解体して仙台市表柴田町に移築したが、その余の一坪五合はなお残存している。原判決が、右付属建物は存在しないと速断し、原告のその明渡を求める部分を棄却したのは不当である。そこで、原告は被告に対し右付属建物を原状に回復した上その明渡を求める。

(2)  被告が昭和二八年六月一七日から本件建物を占有していることは、当事者間に争のないところである。また普通家賃と称するは、純家賃額と地代相当額の合計額である。そして、被告の不法行為によつて侵害されたものは本件建物の所有権及びその敷地の借地権である。原判決が、被告の不法占有による原告の損害賠償請求のうち、(イ)昭和二八年六月一七日から同年同月三〇日までの分全部、(ロ)昭和二八年七月一日から明渡済まで地代相当額の一月分一、二〇〇円の割合による部分と、付属建物が存在しないとして、その家賃に相当する一月金一九六円の割合による部分を棄却したのは不当である。そこで、原告は被告に対し(イ)昭和二八年六月一七日から同年同月三〇日まで月金二、九四七円(一、七四七円は純家賃、一、二〇〇円は地代相当額)の割合による金員、(ロ)昭和二八年七月一日から昭和三一年六月三〇日まで月金一三九六円の割合による金員(うち一九六円は付属建物の賃料相当額、うち一、二〇〇円は地代相当額)(ハ)昭和三一年七月一日から本件建物明渡済まで月金七、〇〇〇円の割合による金員及び右(イ)、(ロ)、(ハ)の各金員に対する年五分の割合による損害金の支払を求める。なお、右(ハ)の七、〇〇〇円は、地代家賃統制令が改正され、三〇坪以上の建物については昭和三一年七月一日からそれが適用されないことになつたので、請求を拡張したものである。

(3)  原判決は、原告が、(イ)民法第七〇九条に基き、被告の本件建物不法占有による損害賠償と、(ロ)同法第一九〇条に基き、被告が右建物の数室を他に不法に賃貸して得た果実に相当する金員の返還を請求したのに対し(ロ)の部分は理由がないとしてこれを棄却した。しかし、右(イ)は被告の単純不法占有を原因とするものであり、右(ロ)は悪意の不法占有者である被告が、後発的に新らたに不法に賃貸して果実を取得したことを原因とするものであつて、両者は法律原因を異にする別個の法律事実であるから、前者に関する請求が認容されたからとて、後者に関する請求が否定されるべき理由はない。

(4)  被告は、当初から佐藤達夫らと共謀して本件建物の詐取を企てた共同不法行為者である。原判決が、被告の右故意を認めず、被害者である原告にも過失があるように認定して、原告の慰謝料五〇〇、〇〇〇円の請求を全部棄却したのは、民法第七一〇条、第七一九条第七二二条第二項に反し、不当である。

(5)  新らたに甲第一〇七号証から第一二七号証までを提出し、当審証人江刺春夫及び安藤さたの各証言を援用し、後記乙号各証のうち第二八号証の成立を否認する。その他の乙号各証の成立を認める、

と述べ、

被告は、

新らたに乙第二七、二八号証、二九号証の一、二、三〇号証の一、二、三、三一号証、三二号証の一、二、三三号の一、二を提出し、当審証人臼井一郎、荒井惣之進及び飯淵忠雄の各証言を援用し、前記甲号各証のうち一〇九号証、一一二ないし一一四、一一八、一二〇ないし一二三号証の成立を認める、一一五及び一一九号証は、郵便官署作成部分の成立を認めるが、その余の部分の成立は不知、その他の甲号各証の成立は不知。甲八、九、一〇、二一、二二各号証の認否を訂正し、その成立を認めて、これを援用すると述べた。

理由

(一)  所有権移転登記抹消登記手続請求について。

当裁判所は、原判決と同じ理由で、原告の請求を正当と認めるから、この点に関する原判決の理由を引用する。被告が、当審で新らたに、提出した証拠のうち、被告の表見代理の主張に添う部分は信用しない。

(二)  建物明渡の請求について。

当裁判所は、原判決と同じ理由で、原告の右請求は、原判決認容の限度で正当であると認めるから、この点に関する原判決の理由を引用する。なお、原告は、付属建物は現存すると強調するが、当審証人荒井惣之進の証言によれば、右付属建物ははなはだしく朽ちていたので、堀達夫が、昭和二四年ころこれを取りこわして滅失したことが明らかであるから、原判決が、付属建物の明渡を求める原告の請求を棄却したのは至当である。

(三)  建物不法占有による損害賠償の請求について。

当裁判所は、原判決と同じ理由で、原告は、被告の本件建物不法占有によつて一月につき金一、五五一円の損害を被むるものと認定するから、この点に関する原判決の理由を引用する。ところで、原判決が、この認定に供した甲第九五号証の一によれば、右は建物そのものだけの不法占有による損害であることが明らかであるが、原審証人増沢なほの証言でその成立を認める乙第四号証に右証言、原審での証人堀達夫(第一回)、江刺春夫、被告本人の各供述を総合すると、原告は、本件敷地を増沢なほから賃借していること、被告は、本件建物買受後その敷地八〇坪を占有しているとし、その賃料は一坪につき一月二五円が相当であるとして、一月二、〇〇〇円の割合による地代を増沢に提供したことが認められるから、原告の賃借敷地の坪数は八〇坪であり、その地代は少くとも月一、二〇〇円を下らないものであることが明らかであるし、被告が、昭和二八年六月なかばから本件建物に移転したことは被告本人の右供述で明らかである。そうすると、被告は原告に対し本件建物及び借地権を不法に侵害して月金二、七五一円(純家賃一、五五一円、地代相当額一、二〇〇円)の割合による損害を被らしめているものであるから、被告は、原告に対し昭和二八年六月一七日から右建物明渡済まで同額の割合による損害金の支払をすべき義務があるものといわなければならない。なお、原告は、昭和三一年七月一日から三〇坪以上の建物には地代家賃統制令が適用されないことになつたから、同月からは月七、〇〇〇円ずつの損害金の支払を求めると主張するが、甲第二号証、第九五号証の一によると、本件建物の坪数は、二九坪七合二勺であることが認められるから、原告の右主張は容認できない。そうすると、被告は、原告に対し原判決で認容されたほかに、なお、昭和二八年六月一七日から同年同月末日まで月金二、七五一円の割合による損害金、同年七月一日から建物明渡済まで月金一、二〇〇円ずつの損害金を支払うべき義務があるわけであるから、原告の右請求部分は正当として認容すべきものである。さらに原告は、右金員に対し民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求めるが、建物の不法占拠による損害は、時々刻々に発生し、しかも不法行為による損害賠償債務については、不法行為の日以後年五分の割合による損害金の支払を求めることができるものとはいえ、原告は、単に年五分の損害金というだけであつて、何時からこれを求めるものであるか、その起算日を明らかにしないから、その請求を確定しがたく、したがつて、この部分の請求は、不法占拠によるその他の損害賠償の請求とともに、これを棄却すべきものである。

(四)  被告の取得した果実(賃貸による賃料)の返還請求について。

民法一九〇条一項の規定による悪意の占有者の返還義務と、同法七〇九条の規定による不法行為者の賠償義務とは相排斥するものでない(民録二四輯九七六頁以下)が、必ずしも常に両立するものではなく、競合的に適用される場合もある。たとえば、家屋の所有者は、その悪意の占有者に対し、その取得した家賃の返還を求めることもでき、また不法行為者として同人に対し、家賃相当額の損害賠償を求めることもできるが、そのいずれか一の救済を得た以上、重ねて他の方法による救済を求めることは許されない。もし、そうでないとすると、家屋所有者は、それが不法占拠されたことによつて通常被むる家賃相当額の損害賠償のほか、なお、不法占拠者(悪意の占有者)がこれを他に賃貸して取得した家賃の返還をも求め得ることとなつて、他人の不法な行為のため、かえつて利得するという不当な結果を招く半面、不法行為者(悪意の占有者)は、家賃相当額の損害賠償をの責に任ずるほか、なおその損害賠償した家屋を賃貸して取得した家賃をも返還しなければならないという苛酷な結果を生ずるからである。

原告は、被告は、堀達夫らと共謀して本件建物を詐取しようとした悪意の占有者であると主張するが、右事実は、これを認めしめる証拠がない。しかし、被告は、本訴で敗訴したのであるから、本件起訴のときから、悪意の占有者とみなされるわけである。ところで、被告が仮りに原告主張のように、本件建物の数室を他に間貸して、一月五、五〇〇円ずつの間代を取得したとしても、原告の不法占拠者である被告に対する純家賃相当額の月一五五一円ずつの損害賠償の請求は、先きに認容されたのであるから、右五、五〇〇円のうち右金額に相当する部分の返還請求は、前に説示したところに照らし、失当であるといわなければならない。また本件建物は、地代家賃統制令の適用があるのに、原告は、本件建物のいわゆる専用面積や共用部分の点、その他共益費の点について、なんらの主張立証をしないから、被告は、多くとも家賃の範囲内の間代しか取得してはならなかつたものというべく、右五、五〇〇円のうち家賃を超える金額は、被告が、法規にそむいて不法に取得したものといわなければならない。そして民法一九〇条一項にいう果実とは、法律の認めるものに限ると解するのを相当とするから、原告は、被告に対し家賃を超える部分の間代の返還を求めることは許されないものというべく、原告の果実返還請求は、失当として棄却すべきものである。

(五)  慰謝料請求について。

他人の財産を害したため、民法七〇九条の規定によつて損害賠償の責に任ずる者は、財産以外の損害に対してもこれを賠償しなければならないことは、同法七一〇条の明定するところである。財産を害されたために被むる財産以外の損害とは、多くの場合、精神的苦痛である。そうして精神的苦痛を被つたかどうかは、財産侵害の動機、方法、態容、程度のほか、健全な社会常識、一般国民感情に考えて、客観的にこれを判断すべきである。もちろん不法に権利を侵害された以上、被害者が多かれ少なかれ精神的苦痛を被むることはいうまでもないが、侵害された権利の種類によつて苦痛の程度に差異のあることもまたいうまでもない。通常、生命、身体、自由、名誉、貞操など、人格権的な権利侵害の場合は、高度の精神的苦痛を被むるが、財産侵害の場合のそれは、軽度であると考えられている。前者は精神的苦痛そのものの慰謝を求めるほか途がないのに反し、後者は、侵害された財産に対し金銭賠償を受けることができるのであるから、その被害はこれによつて十分に満足され、したがつて精神的苦痛も、前者に比し、はなはだ薄いからである。それで一般的に財産侵害の場合には、その財産が被害者と感情上特殊の関係があるとか、または財産侵害の方法が公序良俗に反するとか、の理由で、侵害された財産に対する金銭補償だけでは被害者の精神的苦痛が慰謝されないと認められるような場合は格別、そうでない限り、被害者は、これによつて法の保護に値するほどの精神的苦痛を被つたものとすることはむずかしい。財産侵害による慰謝料請求訴訟のまれであることも、この間の消息を物語るものといえよう。本件では、原告は、財産を侵害されたため、精神的苦痛を被つたというのか、あるいは、侵害に対する救済を訴訟に求めたため、訴訟追行の上において精神的苦痛を被つたというのか、必ずしも明らかでないが、被告が、達夫らと共謀して本件建物の詐取を企てたものと認め得ないことは、既に認定したところであり、また冒頭で引用した原判決理由で明らかなように、原告は、本件敷地の地代や本件建物の固定資産税の支払をしなかつたため、原告から依頼されていなかつたにしても、本件建物に居住していた原告の異母弟達夫が、これを支払つたものであり、被告は、たとえ不注意であつたとはいえ、本件建物を右達夫の所有であると信じて、これを買い受けたものである。事態が訴訟にまで発展した今日では、被告は、原告と同様、むしろ被害者といつても言い過ぎではなく、原告の財産侵害の主役は達夫であると認定される。また、原告が、本訴追行のため日夜苦心苦労したであろうことは、本件訴訟の経過から十分にこれをうかがうことができるが、この種の苦心、苦労は、ひとり原告に限らず、訴訟当事者のひとしく味わうところであり、しかも原告は、その労苦が報いられて、本訴で、侵害された財産を回復し、その被つた損害の賠償を得たのである。以上認定の諸般の事実を総合して、原告は、未だ法の保護を必要とするほどの精神的苦痛を被つたものとは認めがたいから、原告の慰謝料請求も理由がないものとして、棄却すべきものである。

そこで、民訴法三八四条、三八六条、九六条、九二条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 齊藤規矩三 石井義彦 沼尻芳孝)

物件目録

仙台市北六番丁五十六番

家屋番号第一〇八番

一、木造瓦葺二階建居宅 一棟

建坪 二十二坪七合二勺

外二階 七坪

附属建物

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建物置 一棟

建坪 三坪七合五勺

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